優鬱パースペクティブ

やさしい世界のふたりごと

□:可哀想って言葉、なんなんでしょうね
○:あれなー、正直いらないよなー
□:「可哀想ですね」って言われたらなんて返せばいいんですか?
○:なんだろ……「ありがとう」とか……?
□:ありがたいですか
○:ありがたくはないねえ
□:「あなたの境遇は憐れむに値します」ってことですよね
○:そう考えると酷い言い様だよね、ナチュラルに見下してる
□:逆に、悲惨な目にあった人を励ましたいとき、どう声をかけるのが正しいんでしょう
○:それこそ可哀想って言ってしまいがちだけど、それじゃだめだと
□:そうです
○:辛かったねとか、大変だねとか。そういうの?
□:そのぐらいだとまあ救われますね
○:「可哀想」とどこが違うんだろ、だいたい意味同じ気もするけど
□:辛いのは事実だし、大変なのも事実じゃないですか、自分の中で
○:そうね
□:可哀想っていうのは相手の評価が入ってますよね
○:あー
□:あなたは世界の中で、普通の人より、より可哀想な状況にあるよという相対評価
○:なんか、場所を決められちゃうんだ
□:そうです!
○:せっかく大したことじゃないって思い込んで、頑張って振り切ろうとしてるのに、あなたの今の位置はここだよって、叩き落される感じ
□:それですそれ
○:励ましではないよね
□:現状を認識させてやろうというありがたいおせっかいですね
○:ありがたくないなあ

○:なにしてんの? 四つん這いになって
□:いえ、ちょっと、足が
○:痺れた?
□:はい、あ、ちょっとやめ
○:えい
□:あー! あー!
○:うりうりうり
□:やめてください! やめて!
○:はーおもしろ
□:鬼ですかあなたは
○:痛いわけじゃないんでしょ?
□:いや痛いわけではないですが
○:痛いわけじゃないのにさー、なんで辛いんだろうね痺れって
□:それは……自分でもわからないですけど
○:世界は不思議に満ちている
□:あー! あー!
○:自分が痺れてないと、なんてことなさそうに感じるんだよね
□:なんてことありますから! 触らないで!
○:自分が知ってるはずの痛みでもさ、忘れちゃうと鈍くなるもんだよね
□:いい話にしようとしないでください

○:小銭って、溜まるよね
□:唐突ですね
○:そーね
□:でも、同感です
○:だよねえ
□:レジで総額が出てからこちらが小銭を出し終えるまで店員と列の後ろがじっと待つあの間ですよ、おそろしい
○:急かされる感じしてつい大雑把に出しちゃうよね
□:商品が全部通るまで総額がわからないのが悪いんです、準備できないし
○:溜まった小銭ってどうしてる?
□:定期的に自販機で処理を……
○:それな! ほんとそれ!
□:自販機の売上って、小銭処理とか、逆にお札崩しとか、そういうのも含んでますよね
○:1円玉は自販機に入らないから困るんだよねえ
□:なので、下一桁だけはレジで揃えて払ってます、店員がレジ打ってる間一円玉を集めておいてですね
○:涙ぐましい努力してるじゃん
□:年配のおばさんぐらい図太くなりたいです
○:あの人達全然気にしないよね後ろ待たせるとか
□:でも実際、レジの店員や列に並ぶ人たちなんて他人だし、他人を30秒やそこら待たせることに罪悪感なんて持たなくてもいいんですよね、ほんとは
○:それさあ、ほんとは罪悪感じゃないんじゃないの
□:そうかもしれないです
○:要は自分に対して早くしろって悪い感情が向くかもしれないのが怖いんでしょ
□:そんなの屁でもないからおばさん達は気にしないんですね
○:大した事ないって開き直ればいいんだよきっと
□:でも、それが行き過ぎると電車で化粧になる
○:あー
□:やれって言われても絶対真似できないですよあんなの
○:レジで待たせるとは次元が違うよね
□:私達とはこころの形が全然違ってるんだと思います
○:気にしすぎて鬱々するのと、振り切って雑な感じになるの。どっちがいいんだろうね?
□:どっちもダメでしょう、たぶん
○:両極端になるから不便したり顰蹙買ったりするのよね
□:ですね

□:生きてます?
○:死んでます
□:熱は?
○:8度ぐらい
□:何か欲しいものとかあります?
○:油田とか……?
□:それは私も欲しいですが容易に手に入るものでお願いします
○:とりあえずそばに居てほしい……
□:
○:どしたの
□:なんでもないです
○:体調悪いとさ、死にたくなるよね
□:なりますね
○:難病の人とかさ、普段から体調悪いわけじゃない
□:そうですね
○:こんな気持ちで毎日生きてるのかね?
□:そういう辛さって、平均からの落差に比例すると思うんですよ
○:あー
□:毎日つらければ同じ辛さがもう一日続いても平常運転ですし、毎日幸せならちょっと躓いても大事故です
○:社長とかが会社の不祥事発覚で死ぬやつだ
□:会社が潰れて職を失ったところでまだ大金持ちではあるんですけどね
○:でも、根っこでずっと続くつらさみたいなのもあるよね
□:ありますね
○:やっぱ辛いよ、難病の人
□:そうでしょうね
○:私らクズではあるけど、もしかしたら未来になんかいいことあるかもって思えるじゃん。最初からその幅がめっちゃ狭いわけでしょ
□:希望が持てるかどうかが気力に直結しますからね
○:まあ、私らも希望だけで実際はいいことなんて一つも起きないかもしれないんだけど
□:でも、風邪は治ります
○:そうだねえ
□:いいことあるじゃないですか
○:じゃあ治るまでは頑張って生きよっか

□:頭の中がわーっとなって何も手につかなくなることってないですか?
○:わーっと?
□:わーっと。
○:自分のことになると表現力落ちるよね
□:自分のことなんて分かるわけがないじゃないですか
○:同じわーっとなのかはわかんないけど、あるね
□:どうします?
○:寝るかな
□:眠くない時は?
○:遊ぶかな
□:それですよそれ。遊ぶと頭のわーっとは取れるんですか?
○:取れることもあるし、取れないこともある
□:取れなかったら?
○:取れるまで遊び続けるか、寝る
□:遊んだり寝る余裕がなかったら
○:そういう余裕がなくなったら負け
□:ああ……
○:だからさ、余裕持って生きようよ
□:そんなの持ったら私じゃなくなる気がします
○:あー
□:やらなくちゃいけないことが山積みなとき、どうするんですか?
○:やらなくちゃいけないことって何
□:生きるための仕事とか、将来のための勉強とか、生活を維持するための家事とか
○:それ、本当にやらないとダメなの?
□:ダメですよ何言ってるんですか
○:仕事も勉強も全部やめちゃって、親に頭下げて実家に住ませてくれって言ったらなんて言われる? うるせえクズ、一人で生きていけって蹴り出される?
□:それは……たぶん、そうはならないですね。よほど深刻ならしばらくは居させてくれるはずです
○:じゃあそれでいいんじゃないの? 私なんてそんなだし
□:でも、それは人としてダメな感じが
○:えっそれ私はどうなるの
□:他意はないです。自分への基準と他人への基準は違うので
○:常識的にそうだから? 世間体があるから? 私らにそんなの今更必要?
□:確かに今更どうでもいい感はありますが
○:でも納得行かない? 私に対しては許せるのに自分に対してはダメ?
□:さっきの「余裕を持ったら私じゃなくなる」にも通じるんですけど
○:うん
□:私が私としてこの世界に存在することを私自身が許すために、どうしても超えなければいけない基準ラインがあるんだと思います
○:基準ねえ
□:元々私はわたしのことが嫌いですから。嫌いな自分を辛うじて消さずに済むための、納得行く拠り所が必要なんです
○:なるほどね、私がニートでも、私のことは嫌いじゃないからOKと
□:そうです。好きな他人が働かなかったところで軽蔑したりはしないですが、ただでさえ嫌いな自分がそうなったらもう存在価値がないと感じると思います
○:その基準、変えられないの?
□:たぶん一生このままですね
○:でもここから急にやること楽々消化できるようになったりしないよね?
□:しないでしょうね
○:わーっとなるのを克服できることも?
□:ないでしょう
○:どうすればいいんだろうね?
□:どうしようもなさそうです
○:……頑張るしかないんじゃない? やれる範囲で、できることを
□:そうですね
○:頭の中のわーっと、消えた?
□:消えました

○:思うんだけどさ
□:はい
○:人間、むしろ不完全なほうが魅力的だったりするんじゃない?
□:唐突ですね
○:そうね
□:完全な人って、完全でない人よりも優れているわけでしょう
○:まあね
□:で、優れている人のほうが魅力があるわけですよね
○:そう?
□:下手な絵より上手な絵の方が魅力的じゃないですか?
○:絵が下手だけど商業作品よりずっと魅力的な同人作品だってあるよね
□:ありますけど、それはストーリーが商業作品より優れているからでは
○:そうかも
□:とすると、やっぱり、総合的に優れてる人間のほうが魅力的なのでは
○:でも、完璧人間ってとっつきづらいじゃん
□:それはあります
○:人間にとっての評価軸はいろいろあってさ。作品としての素晴らしさ、ものとしての美しさ、なにかがそういう面から評価されることはあるけど。でも、人間って人間だし。この人は私と同じだ、私の気持ちをよくわかってる。そこから生まれる共感、親しみ、引き込まれる度合い。そういうのが魅力になるんじゃないの
□:なるほど
○:不完全だからっていうのともちょっと違うか
□:「自分と同じような欠陥を持ってる」が正しいですね
○:そうね
□:この人は私と同じようなことが苦手で、だから仲間である。人間味を感じる、だから好きになる
○:だから、私らみたいに傷を舐めあってつるむと居心地がいいと
□:けど、私達って常人の範囲を超えてクズじゃないですか
○:そうね
□:だから、私達の不完全さをひけらかしても共感は得られないんですよ
○:あー
□:むしろ怠け者として迫害されます
○:実際怠けてるからね
□:そうですね
○:あーもーみんなもっと怠けようぜーなんでそんなそつなく生きちゃってるのー使えるものは使ってかじれるスネはかじって自由に生きりゃいーじゃないー
□:何のために人類は豊かになったのかって話ですよね
○:誇りかー? プライドとかいうのがあるからかー?
□:完全なものに潰されるのは私達だけじゃないんですよきっと
○:というと
□:彼らだって私達ほどじゃないけど元は不完全で、でも不完全だと迫害されるから、完全に近づくように軌道を修正してきたんです
○:それで完全が身についちゃったあと、今度は迫害する側に回るのね
□:まあなので、完全になる才能が足りない私達の問題です
○:生まれが悪かったかー
□:自分が努力でなんとかできてしまったことは、他人も努力でなんとかなると思いがちですから
○:いやね、私らだってクズのままでいいと思うわけないじゃない。今はともかく昔はまだスレてなかったしさ。できることならなんとかしたいと思ってたし、頑張ってきたわけよ。10年単位でそんな感じで足掻いてきたわけよ
□:多数派の人たちも変えられない不完全さは持っていて、だから広く共感できる弱みが生まれる。ただ、少数派の人たちとその内訳が違いすぎる
○:想像力を持ってくれって話だよなー
□:多数が社会のルールです
○:ままならないね